<山口100萩往還マラニック2004>

山口100萩往還マラニック大会

【大会概要】

日時:2004年5月2〜4日 距離:250km 会場:山口県山口市他
主催:大会実行委員会 天気:暴風雨一時晴れ 総合順位:71/416(完踏190名)
タイム:45:01:47 テーマ:超ウルトラ初挑戦

【はじめに】

書きっぱなしで読み直していないので記述に間違いがあるかもしれません。ご注意を。
間違いがあったら近いうちに訂正しておきます。2004.8.17NORI

【山口100萩往還マラニック大会について】

ウルトラマラソンをたしなむ人なら一度はあこがれる大会、それが「山口100萩往還マラニック」である。250キロの部のインパクトがありすぎて他の部のことを知らない人も多いと思うが、種目は全部で6つもあり、誰にでも楽しめる大会である。今回参加してみて、家族で参加している方々が多かったことも知った。
マラニックの部として4種目---A250km(制限時間48時間)・B140km(制限時間24時間)・C70km(制限時間12時間)・D35km(制限時間10時間半)、また、歩け歩けの部として2種目 E60km(制限時間20時間半)・F35km(制限時間10時間半)ある。
ランナーズの「全国ランニング大会100撰」でも常にTOP10に入っている大会で、リピーターが非常に多いということも聞いている。大会理事長の小野幹夫さんの人柄もあってか、スタッフや常連さん達の団結力はすごいものがある。
萩往還の常連の一人であり、また小生の24時間マラソンの時に並走してくださったらむ・かなあほラン友の会さんからもこの大会の素晴らしさは常々伺っており、超ウルトラの世界に足を入れてみたい気持ちもあって、2004年1月中旬、小生も250キロの部にエントリーした。
250キロの部のコースは5市(山口市・宇部市・美祢市・長門市・萩市)、8町(小郡町・美東町・秋芳町・豊田町・油谷町・日置町・三隅町・阿東町)、2村(旭村・川上村)、すなわち15市町村にまたがっている(←正しいかどうか確認中デス)。往復のコースでなく山口県の西部を大きく一周するコースなので、その長大なスケールたるや、このマラソン大国日本においても最大規模であると思う。

【萩往還とは】

萩往還は、江戸時代のはじめ萩城と三田尻(防府市)の御船倉を結ぶ、参勤交代の道として整備された全12里(約53km)の街道である。政治的に重要な道であったため道幅2間(約4m)の大道として位置づけられた。吉田松蔭がこの街道をよく利用していたことも有名であり(江戸送りの時も)、萩往還の所々に松蔭の句碑が立っている。
大会では絶対に観光する余裕がないと容易に判断できたので、萩往還の部分は事前に下見観光マラニックしておいた(日記)。一里塚や石畳など、小生が親しんでいる中山道と似ている部分が多く、非常に興味深い街道であった。
なお「往還」とはあまり聞かない言葉であるが、三省堂『大辞林 第二版』によると「(1)行き来する道。街道。(2)人や車がゆききすること。往来。」とのことである。「往還」という言葉自体に「道」という意味があるけど「往還道」という表現は日本語として正しいのかしら???(ランナーはよく往還道と言っている)確かに分かりやすいけど。

【年間計画】

超ウルトラへの準備はメーリングリストでお世話になっている岩下さんが、昨年のさくら道ウルトラマラソンで270キロを完走した時から具体的に始まっていた。野辺山100キロでの強制リタイヤ夜叉ヶ池135キロ夢の島24時間走での126キロと徐々に経験値をアップしていき、萩往還のエントリーの時には250キロの挑戦権利を得たかなと、自分の中では思っていた(自信を持ってスタートラインに立てた)。
以上の年間計画に加え、大会3ヶ月になって普段のトレーニングでも萩を意識するようになった。普段は月間走行距離50キロ程度だが、100キロ強に増やし、40キロくらいのマラニックを数回取り入れた。250キロの部に参加するランナー達はみんな月間300キロ以上走っていると思うが(月間800キロも走る人もいるらしい)、小生はそんな激しく走ったら膝が壊れてしまう。超ウルトラの完踏には月間走行距離に関係ないという信念の基に練習を行った。ただ、山登りは毎週激しく行っているので、少なくとも週末の有酸素運動時間なら他の選手と同じくらいかもしれない。
追記:2005年大会から初出場での250キロ参加は不可となった。

【宿・切符手配】

インターネットで申し込むと自分で宿を探さないといけないが、直接申込書を取り寄せて本部に申し込む場合、主催者側で山口市内の宿の手配をしてくれる。
ゴールデンウィークなので新幹線や飛行機の切符の手配も早め(3週間前)にした。今回初出場で何も分からず、新山口駅のビジネスホテルにお世話になったが、主催者側が用意した宿を利用すれば当日チェックアウトを少し遅らせたり、大会に合わせて多少融通が利くそうだ。大会当日のスタートは18時なので、当日の朝に岐阜の自宅を出れば山口に間に合うのだが、行くだけでかなりの体力を使いそうなので、前日に山口県に入ることにした。帰りに関しても同じで、大会が終わってからすぐに山口を発てばその日の内に岐阜に戻れるが、電車に乗る体力・気力が残っていない可能性が高いので、大会後も新山口駅のビジネスホテルにお世話になることにした。250キロも走ったら何が起きても全く不思議でない。
なお、毎年大会前日の夜に山口市の惣野旅館で経験者・知名ランナーによる萩往還ウルトラセミナーが開催されている。今年は日程上の都合が悪くて参加できなかったが、これに参加したいのであれば山口駅付近の宿を手配しておいたほうが良い。また大会終了日の夜には同じく惣野旅館で親睦会が行われるので(希望者のみ)、どっぷりとこの大会に浸りたいのであれば山口市内の宿(大会側が用意してくれる宿)にお世話になった方がよいと思う。
追記:2005年大会から宿の手配は各自で行うことになった。

【作戦・計画】

大会2週間くらいに大会側からコースなどの資料が送られた来た。封筒の中に入っていたものは(1)250キロコース全体概念図(1/200000地勢図複写)、(2)コース案内・解説文、(3)250キロコース詳細図5枚(1/50000地形図複写)であった。地形図は比較的綺麗にコピーされていたが、普段から山登りで地形図を利用している者にとってはオリジナルの地形図を利用したい希望があり、本屋で最新の1/50000地形図を買っておいた。地形図は全部で6枚にも渡り、改めて250キロの長さを認識した(普通の山登りなら1日コースでも1/50000地形図の半分も使わない)。舞台となる地図名は「山口」、「小郡」、「厚狭」、「西市」、「仙崎」、「萩」である。地形図はコースが載っている部分をコピーして、磁北線と大会ルートを書き入れてA4のクリアポケットに入れ、オリジナルの折り方(すぐに開ける折り方:折り方の名前がついているが忘れた)で当日持ち走った。地図の持ち運び方法に興味がある方は平塚晶人(著)『地図の読み方』村越 真(著)『道迷い遭難を防ぐ最新読図術』など登山ハウツー本を参照のこと。今年の大会は大雨になって持っていた地図がグショグショになって困ってしまった選手が多かったのでは無いかと想像しているが、小生はこの地図持ち運び術で最後まで紙類が塗れて困るということは無かった。
今までのウルトラ大会では電卓を使って時間計画や対策を立てていたが、さすがに250キロもあると電卓で計算するのは大変である。そこでマイクロソフトのエクセルで「マラニック&登山計画支援ツール」と題した簡単なツールを作成し(こちら参照)、各ポイントでの通過予測タイムを算出して作戦を立てた。
作戦としては2種類存在する。UMML(ウルトラマラソンメーリングリス)でkitarou@長崎さんが語られていたが、Aプランは走れるところまで走り、最後は根性で乗り切る方法で、Bプランははじめから自主的に歩きを交え、歩き走りでゴールを目指す方法である。小生は序盤だろうが、終盤だろうが登りでは積極的に速歩き、平地や下りでは走る方法で計画を立てた。AとBの折衷型というべきか!?
またクニ@川崎さんのホームページ「絆 - 伴走ドットコム」で過去の参加者のレポートを全部読んだ。全部読むのはなかなか大変で、5〜6時間は要したと思うが、とてもとても参考になった。

【装備】

リュック「ランナーズオリジナルLSDバッグ」(ランナーズ)、LED3連ヘッドランプ「BF-198-H」(ナショナル)とその換え電池、ゴアテックス素材雨具「ストームクルーザー」(モンベル)、自分で作成した地図、主催者側が用意した地図、こんにゃくゼリー、カロリーメイト、水(500mlペットボトル1本)、お金(1万円札と小銭少々)、保険証、ゴアテックス素材の帽子、5本指ソックス、ランニング用手袋、登山用コンパス、胃薬、ディクトンスポーツ。
コース途中の2箇所に着替えなどの荷物を送ることができるので、一応着替えと予備の手袋とテーピングを用意しておいた。ちなみに「ゴアテックス」とは完全防水で透湿の特性も持つ素材である(参考ページ)。ほとんどの選手がビニール袋や普通の雨具だと思うが、スピードの遅い小生は雨で体が冷える可能性が高いのでゴアテックス以外の雨具を使う気は全く無かった。持ち走るには軽くないが、雨が降ったらどうしようという心配に比べればたいした負担にならないと考えた。普段ならデジタルカメラを持って写真を撮りながら走るのだが、軽量化を図る為今回は諦めた。代わりに使い捨てカメラを用意しておいたが、スタートから雨だったこと、夜中は綺麗な写真が撮れないことがネックになり、結局カメラ類は持たないことにした。完踏日記で写真が無いのは寂しいので、スタート〜ゴールは恥ずかしいヘタクソな絵を載せることにした。文字ばっかりも寂しいのでご勘弁を(^^;)

【当日午前中】

三田尻御船倉 小生は防府市の観光をした。目的地はもちろん萩往還終点の三田尻御船倉。「萩往還の終点に立つ」という行為が「萩往還マラニック大会完踏」という夢とリンクし、俄然モチベーションが上がった。その後、防府天満宮や宮市など、萩往還の各地を散策し、13時前に防府駅からバスで山口県庁に向かった。夕方スタートなのでなるたけ体内のグリコーゲンは使わないようにとレンタル自転車を利用して観光したが、それでもやはり疲れてしまった。後から考えたらもっと午前中は安静にしておくべきだったと思う。

【大会受付】

県庁前でバスを降りて受付の瑠璃光寺に向かう。瑠璃光寺に向かう途中で黄色い袋をぶら下げたたくさんの選手達とすれ違った。靴を見れば明らかにお互いランナーだと分かるので会釈などする。奥の境内に設置された受付で小生も参加賞などが入った黄色い袋をもらい、荷物置き場で着替えをした後、説明会の会場(県警武道館)へ向かった。荷物置き場では前泊した人や早めに到着した人達が横になっていた。これからの戦いに向けて体を休めているのだな〜。UMMLシャツを着たクワちゃんに話し掛けてエール交換した。
らむ・かなさんと落ち合い、16時から説明会に参加。今年の参加者は昨年よりも100名も多くて、武道館は人だらけ。萩往還の常連さん達はずいぶんと驚かれていた。小野大会実行委員長のブラックトークが会場内を独特の雰囲気に包み込む。コース説明の時間があり、スタッフの方がコースの注意個所を案内した。大会前に配られた地図や案内などの記載に誤りがあって訂正されていたが、小生は事前に大会の公式ホームページやクニ@川崎さんの「萩往還(250キロ)コースガイド」で細かくチェックしていたので、直前に新しい情報を聞いて慌てるということは無かった。ちなみに来年から説明会は県警武道館で行わないそうだ(老朽化のため?)。UMMLのメンバーで集合写真を撮るので後ろの方に混じっておいた。メーリングリストで参加表明されている方だけでも59名もいたのでとてもとても全員は認識できなかった。
受付 説明会でアツク語る小野さん

【スタートまで】

説明会の後はらむ・かなさんが宿泊している惣野旅館にお邪魔した。萩往還の時代から営業している歴史ある旅館だそうだが、らむかなさんのおかげで入ることができた、ラッキー(^^)部屋で実力者のウィローさんを紹介していただいた。
朝起きてからディクトンスポーツを擦り込んでおいたが、部屋で再び塗り込んでおいた。時間をおいて二度塗りすることで、摩擦によるトラブルは防ぎやすくなると聞いたことがある。股と胸と首(リュックを背負うので)と脇によく塗った。
国道沿いのスーパーで簡単な夕飯を買い、荷物の最終チェックをした後、瑠璃光寺に向かった。胃薬も飲んだ。

【瑠璃光寺(スタート)】

瑠璃光寺(スタート) スタートは瑠璃光寺の敷地内である。人数が増え始めてきてからスタート時の混雑を防ぐため、約50人ずつを5分ごとにスタートさせるシステム(ウェーブスタート)になっている。今回は402名出走し、第7ウェーブまで存在したようだ。常連さん達はのんびり行こうよという感じで後ろの方からスタートした人が多かったようだが、スタート時間の30分も前からスタートに並んでいる人たちもいて驚いた。常連さんの話を聞くと昔はこんなにガツガツしていなかったそうな。小生もタイムやスタート位置は気にしない性格なので後ろの方に適当に並んだ。
らむ・かなさんを通じて金丸さん、まゆママさん、竹田さんと知り合うことができ、またUMMLのヤマさん@東大和市や土田さんとも話すことができた。大会に出るたびに知り合いができるというのはウルトラの大きな魅力だ!
金丸さんから頂いた蛍光棒(折ると光る棒)を輪の状態にしてリュックに取り付けてスタートを待つ。熟練なおばさん方がフラダンスを踊ってくれているのだが、その曲がなんともアロハーな気持ちにさせてくれる。第5ウェーブが出発していよいよ我らのスタートという時に、前の方から「エイエイオー」と聞こえたので小生も慌てて「オー」と続いていよいよスタート。第6ウェーブで6時25分に出発した。スタートラインに立つ時にスタッフの方が各ウェーブの出走メンバーをチェックするので、第1ウェーブとの差、25分はゴール時に引き算される。

【瑠璃光寺 → 上郷駅前(13.4km)】

サイクリングロード 瑠璃光寺を出てまずは山口駅に向かう。ハーフパンツの左ポケットにコース地図、右ポケットにボールペンと予定時間表を入れているので、すぐに地図は出せる。初めての大会なのでコースを頭の中で先取りをするという目的と、地図上の距離と体感の距離とのギャップを埋めるという目的により、始めの方は地図をこまめに見ながら走った。山口駅を過ぎると椹野川に沿って走る。サイクリングロードになっていて、金丸さん竹田さんと話しながら走った。金丸さんは体調が悪く、肺炎?だそうだ。竹田さんは骨折明けだとか(聞き間違い?)。さすが萩に参加するメンバーはすごい……。
18時過ぎにスタートしたので次第に暗くなっていき、上郷駅に着く前に自光点滅ライト(通称:ホタル)を前・後・リュック上部の3箇所につけて自らの存在をアピールした。点滅ライトは大会側で参加賞として1つだけ用意してくれるが、選手達はおのおののナイトランインググッズを用意していた。蛍光反射板がついたベストを着ている人や、どこかの工事現場で交通整備をしていそうなおっさんもたくさんいた(^^;)序盤の暗闇でつまずくのもあほらしいので、ヘッドランプも他の選手よりも早めに点けた。スタートから降り出した雨で体が濡れて来たがたいした雨ではなくむしろ気持ちよいくらいだ。らむ・かなさんは調子が良さそうで、今大会は完踏に対する意識が特に強いこともあり、途中から一人黙々と走られていた。背中から「今年こそ絶対に完踏!」というメッセージが感じられる。サイクリングロードということで距離表示もしっかりしていてペースをチェックするのに便利だった。「チーム金丸」は皆、リュックに目印の蛍光棒を着けているので暗くてもよく認識できた。コンサートなどに行かない小生は蛍光棒というものを初めて使ったが、なかなか便利なアイテムだ(^^)金丸さんはリュックに鯉のぼり(もうすぐこどもの日♪)を立てて走っていたのでさらに目立っていた。後で知ったのだが、鯉のぼりが雨を吸って重くて大変だったらしい。

【上郷駅前 → 下郷駐輪場(27.6km)】

上郷駅前の交差点で簡単なエイドがあり、そこで飲み物を二杯頂いた。すごく混雑していた。他の選手はここで点滅ライトやヘッドライトを用意していたが、小生は既に点灯していたのですぐに出発した。途中から離されていたらむ・かなさんに追いついたので、ここからは離されないように頑張った。まだ見ぬらむ・かなさんの本気モードを少しでも長く見てみたかったし、常連さんについていけば道間違いの心配が少ないというメリットがある。
道は次第に細くなっていき、二本木峠に向けて登り坂になる。当初の予定通り速歩きを積極的に取り入れるが、それでも周囲のペースに喰らいついていく。途中で道路に温度計があって見てみると17度もあった。雨と風があるので気温が低いと辛い展開になるが、これだけ気温が高いと体温が下がる心配は無い。山口の夜は冷え込むという情報を各所から得ていたので、この心配は消えた。
まだ体が起きていない感じでなんだか体が重い。スタート直後ということで周囲のペースが速いらしい。実際自分が立てた予定時間よりも速いペースだ。少しペースを落とそうかとも思ったが、追い風の強風が走りを助けてくれるのでペースを落とすには勿体無い時間帯だと判断した。自動販売機にたくさんの人が並んでいるのを見ると、どうやら他の選手もキツそうだ。
二本木峠は特に表示やエイドは無かったが、途中から下りになったので峠を越えたことはすぐに分かった。バス停「二本木峠」を見て、これからはしばらく下りになることを確信する。 コースを頭の中で先取りすることで疲労感がずいぶん違うことは、山登りをする人ならよく知っている事実だと思うが、普段から地形図とコンパスを利用してヤブ山に登っている小生は、マラニックで他のランナーより有利な点が多いだろう、ふふふ。とは言っても、ラン アクロス アメリカを完走された越田さんは(スタートの時にお会いできたのだが)、1/25000地形図を持って走られていて、これには脱帽!1/25000地形図だとこのコース何枚になるのだろう???1/50000地形図を持ち走って喜んでいるようではまだまだ甘いということか……。
下りでも追い風だったのでチャンスと思い、ちょっとペースを上げてらむ・かなさんの先に行かせていただく。途中でおにぎりとバナナとドリンクのエイドがあったので、いくつかもらった後歩きながら食べる。今回はエイドでの休憩は20分以内・極力立ち止まらないという自分ルールを作って臨んでいるのだ!
カエルの大合唱の中を淡々と走ると下郷駐輪場についた。途中でUMMLerグッズ(これ)作成班の竹上さんとY子さんにお会いできた。クニ@川崎さんにもお会いできた。暗くてお互いの顔はよく見えなかったが、3人とも超有名人なので光栄に思う(^.^)

【下郷駐輪場 → 西寺交差点(43.9km)】

西寺交差点 休む時間が惜しかったので下郷駐輪場のエイドは水を一杯頂いてすぐに出発。ここまで来ると集団は少なくなり、選手バラバラで走っているような印象を受けた。知らない人に声をかけて話しながら走ったりするが、250キロ完踏経験者に「調子はどうですか?」と聞いてみたところ、「それは24時間後に聞く質問だよ」と言われ、改めて長丁場の大会であることを認識した。
サイクリングコースがまだ続いていてとても走りやすい。秋吉交差点と門村交差点で予定時間と実際の時間を比較チェックする。予定を上回っていてまずまずのペースだ。雨が強くなってきて気になりだした頃に西寺交差点のエイドについた。ガソリンスタンドの敷地がエイドスペースになっているようで、ここには雨が入ってこないので非常に助かった。元気な女子学生さんがいらっしゃって面倒を見てくれる。非常に楽しそうに選手をサポートされていて、雑談しながらスポーツドリンク「903」を注いでくれた。「おお、クエン酸3人娘!」と思い、こちらも楽しくなった。ボランティアの方々に大感謝!
大雨にやる気が出ない様子の選手が結構いて、イスに座り込んでいる人もたくさんいた。フルを走ったことになるので気持ちが途切れてしまったかな。少し気の毒に思うが、小生のような遅い選手はここで休んでいるようでは駄目だ。タイムロスが気になるので飲み物を頂いた後、雨具を着てすぐに出発した。エイドの隣にコンビニがあったので、こちらでトイレを借りたり、食料などを調達している選手も多かったそうだ。

【西寺交差点 → 山本ボート切石亭(57.4km)】

山本ボート切石亭 西寺交差点のエイドを発ったのが23時40分。日常生活ならそろそろ目が重くなる時間帯だ。フルを5時間くらいで走ったことになるので、実力的にも少しペースが速かったのだろう。疲労も加わって眠気を感じ始める。雨具を着たことで体温が上がったようにも感じ、さらに眠気が加わる。こういう事態は予測していたので、「眠りながら走ればいいや」と割り切り、積極的に目をつぶる。フラフラしながら走り寝と歩き寝を繰り返すが、しばらく睡魔が消えそうにない。一度側溝に落ちて目が覚めたが、やはり睡魔は消えずどんどん周りの人に抜かれていく。石柱渓T字路の前後はほとんど記憶が無い。側溝に数回落ちたことと、草むらに数回突っ込んだこと、ガードレールにコツコツとぶつかりながら走っていたのははっきりと覚えている。
石柱渓T字路を過ぎてしばらくしてから小生と同じように辛そうにしている選手がいたので話し掛けてみる。北海道からはるばる来られた永井さんだった。小生は眠いだけだが、永井さんは体調が悪そうだった。聞いてみると吐いてしまったらしく、すっかりリタイヤ気分になってしまっている。お互いしゃべることで気分転換ができるのでしばらく並走&並歩することにした。100キロサブテンで走ってしまう走力をお持ちなので小生から見たらリタイヤなんて勿体無さすぎる……。「レース中の嘔吐は確かに辛いけど、2〜3時間で治るから体力のある序盤なら何も問題がないですよ」と励ましながら走る。自分自身、野辺山ウルトラで吐きながら走った経験があるので、この辺りの心境はよく分かる。石柱渓から豊田湖まで小さなアップダウンが結構あったが、二人で話しながら走ったのでだいぶん楽だった。
山本ボート切石亭は食券を使う初めてのポイントであり、またノートにタイムを記帳する初めてのポイントでもある。小屋の入り口でノートに記帳する。何を書くのかよく分かっていなかったが、自分のナンバーと到着時間の2つを書くだけだった。食券を渡してうどんを頂いたが、屋内では座る場所が無いほど混んでいるし、選手達のすごい熱気であまり居心地がよろしくない(^^;)屋外でうどんを頂いた。一人だったら歩きながら食べるつもりだったが、せっかく永井さんと知り合えたのでイスに座ってうどんも一緒に食べた。眠気が多くて食欲がなかったのでおにぎりは遠慮したが、後々のことを考えてリュックに入れておけば良かったかもしれない。でもあの雨では保管が難しかったかな。

【山本ボート切石亭 → 俵山温泉(66.0km)】

俵山温泉 真っ暗な豊田湖にボートが浮かんでいる。切石亭のボートかな?永井さんはうどんも完食できて調子を取り戻したようだ。ペースがあがってきて付いていけないので途中で先に行ってもらう。やはりサブテンランナーは地力が違う。小生はしばらく眠気が無かったものの、うどんを食べたせいもあるし、何よりも現在の時刻(AM2時)が真夜中なので、また眠くて眠くて仕方が無い。ちゃんと夜に眠くなるということは、よく言えば健康的な体ということなのだろうがやはり辛い。本大会では仮眠は絶対に採らないと決めて臨んでいるので、フラフラと寝ながら走る。何度か側溝に落ちるが、その度に誰かに格好悪いところを見られていないかと後ろをチェックする。眠くてもこういうところはしっかりしているようだ(^^;)選手がまばらだったので幸い誰にも側溝に落ちたところは見つかっていなかったのだが、俵山温泉の手前でついに後から来た人に落ちたところを見られてしまった。向こうは当然怪我などを心配してくれて、その気持ちはとてもうれしいけど、こっちは怪我や切り傷が“気付け”になるならラッキーと思っていたりする(苦笑)側溝に落ちて走る他のランナーは、落ちたときにどんな様子なのだろう?やっぱり恥ずかしそうに這い上がるのかなぁ???まだ他人が落ちているのは見たことがない。
俵山温泉の小屋は簡単なエイドになっていて、ウルトラの世界では超有名な海宝道義さんがお手伝いされていた。土日が舞台となる各種ウルトラの大会を主催されているが、小生は基本的には土曜日が休みでないので、海宝さんの大会にはまだ一度も出場したことがない。まさかこんな形で対面することになるとは思っていなかった。お世話になりました。

【俵山温泉 → 大坊ダム(75.8km)】

俵山温泉のエイドを出ると小雨だった雨が再び強くなった。雨具を再び着てスタート。雨足が強くなっただけでなく風も強いので大変だった。向かい風の場面は少なくて助かったが、風の音が轟々と鳴り響いていた。
砂利ヶ峠への登りで足が止まる。足が止まると眠気が一気に襲う。所々でうつらうつらしながらも、朝になったら必ず体が目を覚ますはずだという信念があるので休もうという気持ちには全くならなかった。気が付くと下りになっていた。慌てて時間をメモしてダムへの下り道を急ぐ。実際に長い下りだが、眠気があったのでそれはそれは長い下り道に感じた。
大坊ダムのエイドには屋根だけついているテントが設営されていた。大雨と強風でボランティアの方々は選手以上に大変だったのではないかと思う。雨水がテントにたまり、横殴りの強風がその雨水を一気に吹き飛ばす感じで、テントの中にいても雨水が大量に吹き付けていた。萩往還では有名な、長谷川さんご家族のもてなしを頂き、ここでもあまり休むことなく出発。

【大坊ダム → 小田海湧食堂(86.2km)】

小田海湧食堂 大坊ダムで眠気がだいぶん覚めて、淡々と一人で走っていると徐々に明るくなってきた。時計を見ると5時半。待ちに待った夜明けだ!さらに良いことに雨も小雨になり雨具を脱いで走った。ゴアの雨具といえどもずっと雨に打たれていたし、自分の汗での蒸れもあるので、水を吸ってかなり重くなっていた。
夜明けがくれば眠気は消えると信じて夜間ずっと走っていたので嬉しくて仕方が無い。一安心したら喉が渇いたので途中の自動販売機で今大会初めて買い飲みした。大会の途中でジュースを買って飲むなんてウルトラならではの光景。周りを見ると選手が点々といるのが分かる。地形図をこまめに見ながら小さなアップダウンを繰り返し、無事に小田海湧食堂に到着。食堂が見えると同時に序盤で一緒に走った金丸の姿を確認する。先に着いたのかと思って思い切り手を振ったらリタイヤされていてスタッフに回られたとのことだった。「体調が良くないなら無理はしない方がよいですよ」と思ったが、やはりリタイヤされた方に対して何と言えばよいのかよく分からなかった。しかし選手としてリタイヤしてもスタッフとして大会に参加する姿勢には本当に頭が下がる。
食堂の中に入りまずはノートに到着時間を記帳した。エプロンをつけたおばさんに食券を渡すとおかゆ定食が頂けた。ご飯の硬さ加減や水加減がちょうど良く、とてもおいしいおかゆだったが、小生には量が多くて少し残してしまった。申し訳ない……。梅干はおかわり自由だったが、食欲はあまりなかったので1つだけにした。ここで胃薬も飲んだ。
先に到着していた永井さんは座敷で休んでいたが、小生が食べ終わる前に出発された。今年は人数が多かったので、この海湧食堂荷近くの中学校が荷物預かり所となっていたが、移動時間が惜しかったので寄るのはやめた。入り口で選手の誘導をされていた金丸さんに完踏を宣言し出発。ここでも自分ルール“エイド20分以内”を守った。

【小田海湧食堂 → 俵島案内板(97.3km)】

俵島 小田海湧食堂を出ると雨は完全に止み、気持ちの良い朝となる。時間はちょうど7時だ。手袋をしようと思ったが途中でどうやら落としてしまったらしい。今日も気温が高いので宗頭まで手袋は無くても大丈夫だろうと判断し、手袋なしで走る。小さなアップダウンがあるがおかゆを食べて元気がでてきたし、もうすぐ100キロと思うとなんだか嬉しくなってきて、苦も無く進めた。この区間も登りは徹底して速歩き、下りと平地ではジョグというスタイルを心がけた。初日の夜を越えてみて、睡魔が現れて歩き寝と走り寝が始まりだすと、このスタイルは全く使えないなぁと思う。所々に現れる小さな棚田を見ていると良い気分転換になった。
農協スーパー付近で三叉路になっているので注意個所だ。とは言っても地図を見れば間違えるわけの無いポイント。ここから俵島のチェックポイントまで往復することになるのだが、どうせ戻ってくるということで、近くの空き地にリュックを置いて往復する選手も多いようだ。小生がその空き地を見てみると10個くらいのリュックが置いてあった。皆さんちゃんとチェックシートは持っていっているのかな。チェックシートを忘れている人が絶対にいるんだろうな〜。自分はもちろんリュックを背負ったまま走る。
ここから俵島のチェックポイント(折り返し)までは結構アップダウンがあった。島の道は平坦なものだろうということでこの辺りは事前のコース研究をしていなかった。これが大失敗。常に登ったり降りたりの状態で、非常にチェックポイントが長く感じた。しかしこの農協スーパーと俵島案内板チェックポイントの間には楽しみがあった。それはランナー同士の交流。往復の区間なので多くの選手とすれ違うことになるのだが、その度に「やぁ」とか「ちわ〜」とか声を掛け合うことができる区間。声を出す元気が無い人は手を上げてくるだけだが、特にこの大会の場合は皆がお互いに励ましあってゴールを目指す大会なので、手を上げてくるだけでもうれしくなる。
数箇所でコース脇に真っ赤な野イチゴが群生していて、一生懸命採集している選手もいた。遠くの島もよく見えて、3日とも雨だった今大会でもっとも景色が楽しめた区間だった。途中で同じようなペースの女性の方がいたので声をかけて一緒にチェックポイントまで行った。話を聞いていると北海道から来られていて帰りの飛行機に間に合うようにゴールを目指すのだという。大会の制限時間は48時間だが、その飛行機に乗るためには45時間でゴールしないといけないのだそうだ。(@@)こんな人もいるのか〜。
はぁはぁ言いながらやっと俵島案内板に到着。初めてのチェックポイント(以降略してCP)である。1つ目のCPが97キロ地点なのだからこの大会は本当に恐ろしい(^^;)地元のおばあちゃんが軽トラックに水を運んできて簡易エイドを作ってくださっていた。チェックシートを取り出して、設置されているホチキスのような文房具でシートに穴をあけた(穴をあけたというよりも印をつけたという表現すべきかも)。ここでUMMLの さとし@忍野さんに会う。昨年の野辺山100キロでご一緒して以来、約1年ぶりの再開である。ちょうど出発されるところで少しだけしか話せなかったが、とてもうれしかった。

【俵島案内板 → 川尻岬沖田食堂(107.2km)】

川尻岬沖田食堂 俵島は周回できるようになっていて、選手は往復ルートと周回ルートの選択ができる。CPから時計回りに回る周回ルートは、スタート前のコース説明会でも話題になっていて景色が良いらしい。小生は地図読みができるのでそちらのルートも魅力的だったが、小生の後ろにいる竹田さんやらむ・かなさんの様子も気になるところ。エール交換がしたいので往復ルートにした。竹田さんは小生のすぐ後ろにいらっしゃったが、らむ・かなさんとは少し距離があった。らむ・かなさんに会ったら「8キロ差か〜」とすぐにおっしゃる。即座に距離が分かるというのはすごい!さすが、コースや距離を熟知していらっしゃる。
農協スーパーに近づくと日差しが強くなってきた。日焼け止めクリーム(ディクトンUVカット)を塗りたいので休憩も兼ねて農協スーパーに入りアイスを買う。カロリー消費が激しい競技なのでシャーベットなどの“氷菓”でなくて、カロリーが高そうな“アイスクリーム”を選んだ。日焼け止めクリームを首に塗りこむ。ただでさえ首はリュックとこすれて皮膚が弱くなっているのに、日焼けしてヒリヒリしてはたまったものではない。ウルトラでは日焼け止めクリームも必携なのではないかと思う。
農協スーパーを出ると次第に登りになる。川尻岬の手前に山越えがあったのだ。地図をちらっと見るが、間違えそうも無い道だし周りにはたくさんの選手がいたので、以降地図は見なかった。こんなにきつい登りがあるのなら地図を見て先に頭にインプットしておくべきだった。
峠と沖田食堂の間は往復区間になっていて、沖田食堂でチェックを終えた選手とすれ違うのだが、アイスクリームを食べている選手が多くおいしそうだった。ここで“くー”さんに話をかけられた。小生のホームページを見てくださったようで、萩往還下見マラニックや鯖街道の日記の感想をいただき、とてもうれしかった。人望の厚い方で、周りの選手たちから大人気であった。
沖田食堂に着くと、すぐに記帳して、チェックシートに穴をあけた。食券でカレーライスをいただける場所なのだが、すごく並んでいる。カレーは諦めてせめてアイスでも買っていこうかと思うが、混雑していて食堂の中にすら入れない。食事を終えた さとし@忍野さんの話によるとどうやらご飯かカレーのどちらかがタイミング悪く 無くなったらしい。自分で決めたエイド20分以内ルールにより、ここでの食事は諦めて次のエイド、シーブリーズに向かった。

【川尻岬沖田食堂 → シーブリーズ(112.8km)】

川尻岬を観光したい気分になったのでスタッフの方に聞いてみたが、「行っても何もないですよ〜」との返事が来たのでおとなしくシーブリーズに向かう。沖田食堂から来た道を少し戻る。小さなアップダウンを繰り返していると雨が強くなってきた。雨具を着用。シーブリーズは喫茶店になっていて食券でオレンジジュースを頂いた。現金でケーキも買えたが、休憩時間が惜しかったのですぐに出発した。

【シーブリーズ → 立石観音前(117.2km)】

立石観音 シーブリーズに着く前から眠くて仕方が無かったが、シーブリーズでジュースを飲んでも全く眠気は収まらず、立石観音までふらふらしながら走ったり歩いたりを繰り返す。後から来た選手が見かねて声をかけてくれた。「しゃべったら眠気が消えるから、あなたの走暦でも聞かせてよ」と親切に気を使ってくれた。うれしいのだが、こちらは向こうがしゃべっている間も意識がとんでいて、まったく状況が理解できない。気が付いたら別の話題になっていたし……。せっかく声をかけてくれたのに本当に申し訳ないなぁと思いつつも、自分でもどうしようもないので「大丈夫です」と言って別れた。血糖値を上げようと思って雨を舐めたがこれも効果なし。小生の場合、眠いときは何をやっても効果が無い気がする……。
立石観音はCP3である。ここでのパンチ場所が分からず、立石観音に登ってしまうという人が例年いるそうだ。それに備えて今年は立石観音よりも手前にパンチが置いてあった。過去の他の人の完踏記を読んだときに、大岩なのに登れるのか!とびっくりしたものだったが、実際に行ってみると階段らしきものが見えたので意外と簡単に登れるのかもしれない。先ほど眠気覚ましの声を掛けてくれた方に再びここで会ったので先ほどのお礼をいうと安心してくれたのでこちらも安心した。

【立石観音前 → 千畳敷(124.6km)】

棚田から千畳敷へ 立石観音を過ぎると千畳敷まではず〜と登りになる。千畳敷は山の頂上なのだ。
ここでもふらふらと眠りながら走っていると竹田さんが追いつかれていった。「追いつくのに80キロかかったね〜」と余裕のコメントを残し、坂道を一気に掛けぬかれていった。すごい!
登り坂は辛いがその分、標高があがるにつれて展望がどんどん良くなっていく。立石観音は特徴的な形をしているのでよく分かったし、棚田のど真ん中を走るのも気持ちが良い。油谷町の棚田は日本棚田百選に選ばれている。
山頂まで行くしかないのだが、いつまで経っても登りなので途中で嫌になってきて歩きながら地図を見る。前方に見える山はチェックポイントとは別の山なのではないかという甘い期待を寄せてみるが現実はそんなに甘くないということ(^^;)
眠りながら歩いているのでどんどん抜かれていく。人に抜かれる時はなぜか目が覚めるから不思議だ。とはいうものの自分がいつ寝ていつ起きているのかよく分からない。大きな風車が見えてきてあれが頂上だろうと思い元気が出る。が、風車を過ぎてもCPは見えない。長い長い区間だった。
千畳敷ではとても風が強く、ガスっっていて展望もまったく無い。小雨も降っているのでじっとしていたら寒くて仕方が無い。晴れたら最高の観光場所なのだろうが、残念ながら本日はあまり良い天候ではなかった。大きな風車が「ウィーン」と電気的な音を出していたことが印象にとても残った。大型の観光バスがたくさん止まっていたが、これでは観光客もお気の毒だった。彼らはこんな雨風の強い中を走るランナー達を見てどう思うのだろうか?少し興味がある。最高点とも思われる地点に置いてあったCPでシートにパンチをして早々下山する。

【千畳敷 → 西坂本集会所(128.6km)】

西坂本集会所 千畳敷からはずっと下り坂。さっきまで登っていたのに、降りてしまうなんてもったいない気分。あまり飛ばすと膝が壊れてしまう心配があるので自重しながら走る。意識を飛ばしながら走っていたので気が付くと西坂本集会所のエイドに着いていた。
ここのエイドは元気な中学生達がお相手してくださった。カップラーメンとドリンクがいただけるのだが、カップラーメンは何種類かあって番号で指定するシステムだった。食事以外にも「マッサージ」なんてものもあった。小生はシーフードヌードルとアミノバリューを選択。記帳ポイントになっていたのでノートを探しているとスタッフの方から「記帳はやっておいたよ〜」との返事。選手が到着する時にナンバーを読み上げていたのはそのためだったのか。ありがたいです。ラーメンを食べながらスタッフとおしゃべりを楽しむ。UMMLのTシャツを着ている人が多いので、その方は不思議で仕方なかったらしい。「そのシャツはな〜に?」から会話が始まった。楽しい一時だった。川尻岬沖田食堂でカレーをパスしたのでまともな食事は久しぶりだった。

【西坂本集会所 → 仙崎公園(142.3km)】

カップラーメンでお腹は満足したが、甘いものが欲しくなってきた。途中の自動販売機でキリンレモンを買った。運動中に炭酸飲料を飲むなんてこれが初めてだったが、友人のさこぴーさんから「ウルトラマラソン中の炭酸は結構いけるよ」と聞いていたので、試してみることにした。どうせまだ100キロ近く残っているから調子が悪くなっても取り戻せるだろうという気持ちもあったが、実際に飲んでみるとこれが調子良い。ウルトラマラソンを走っている最中は、胃は常に収縮しているようなイメージがあるが、炭酸飲料を飲むことで程よく収縮感が無くなった感じがした。目からウロコの大発見だった。
西坂本エイドを出発したときはくーさんや何人かの選手がいたのだが、例によって途中で立ち寝してしまったので気が付いたら、前にも後にも人っ子一人いなくなっていた。ここから国道に出るまでずっと一人旅となる。道を間違えないように地形図をすぐに取り出せるようにし、黄波戸温泉、黄波戸港、黄波戸駅を抜ける。少し不安になったのでペースアップするものの誰も見えない。自分はどれくらいの間立ち寝していたのだろうか?不思議で不思議でたまらない。
激しい雨の中、国道に出る手前ではるか前方にランナー1人を発見。さらにペースアップ。国道に出てからは仙崎T字路まで一直線の道で(だったかな?要地図確認)、前方にランナーがいるので追いついてやろうと必死にRUNとなる。調子が良いので仙崎公園まで4人ほど抜いた。
机上ランでは仙崎公園の位置がよく分からなかったのだが、仙崎T字路で左折してコンビニ前の横断歩道を渡るとすぐに仙崎公園エイドが目に入った。ここで記帳してドリンクを頂いた。ここからは次のCP鯨墓まで往復区間となる。らむ・かなさんに会えるかな〜。

【仙崎公園 → 静ヶ浦キャンプ場(148.6km)】

天気が悪いこともあって17時過ぎなのに薄暗い。大橋を渡ってまずは次のエイドである静ヶ浦キャンプ場を目標にする。ここでもアップダウンが意外にあって大苦戦。登りではペースが遅れるので自然と夢の世界へ。海に近いためか風が非常に強い。自分の予定していたペースよりも少し遅れて来たので静ヶ浦キャンプ場は顔を見せただけにした。食券でカレーがいただけるようだったが、とても食事している精神的な余裕が無かった。トイレだけ借りてすぐに出発。

【静ヶ浦キャンプ場 → 鯨墓(152.8km)】

鯨墓 静ヶ浦キャンプ場を出ると鯨墓から戻ってくるランナー達との挨拶を楽しむ。俵島の往復区間ではみなさんよく声が出ていたが、この区間は疲れていてどうも声が出にくいようだ。すれ違いの時に手を上げるだけの場面が多々あった。ここでもアップダウンが意外にあり、○○峠としっかり地形図に名前が書かれている峠越えもあった。鯨墓のCPは島の一番奥にあるんじゃないかと思うほどなかなか辿り着かない(実際かなり奥の方にあるようだが)。やっとの思いでCPに到着。風が強くて走りにくい区間だった。

【鯨墓 → 仙崎公園(163.3km)】

鯨墓CPでチェックシートにパンチしてすぐに出発。雨と強風でじっとしていたら寒い。途中でヘッドランプとホタルを点灯させる。夜間RUNに備えてスタート前にホタル類は3つ用意しておいたのだが、大会側が用意してくれたホタルは長時間の雨に耐えられず点灯しなくなっていた。自分で用意したホタルも水が入り込んで接触不良。自転車用のホタル(5連LEDランプ)をリュックにつけて背後からの車に存在を促した。ヘッドランプは故障することは無くて幸いだった。
たくさんの選手とすれ違うので声をかけて励まして走るが、静ヶ浦キャンプ場辺りですれ違う選手達は皆かなりしんどそうだ。特に初参加の選手が真っ暗の中を折り返し点に向けて走ることは確かにしんどいのではないかと思う。折り返してくる選手がぞくぞくと来るし、折り返し点どころが道路の先が見えにくいわけだし。小生は真っ暗になる前に折り返し点(鯨墓CP)に到着できたので、精神的なメリットが大きかったかもしれない。
静ヶ浦キャンプ場の辺りでやっとらむ・かなさんと再開できた。俵島の往復区間で会ったときと距離はそんなに変わっていない。お互い順調に来ているようだ。萩常連のらむ・かなさんから「完踏できるんじゃない?」と声を掛けていただいたので、かなりうれしかった。
強風が気になったものの、この区間は眠気が少なかったので楽に走れた。仙崎公園でトイレを借りてパンを口の中に放り込んだ。そういえば静ヶ浦キャンプ場で食事しなかったからお腹が空いていたんだ!

【仙崎公園 → 宗頭文化センター(174.9km)】

宗頭文化センター 仙崎公園から大通りに出るまでの道はちょっと分かりにくい。あらかじめ分かりにくいことは分かっていたので無理をせずに周りのランナーを探して並走したり後ろに付いていったりした。大通りに出てしまえば後は地図を見れば道が分かるので安心。過去の完踏記に○○役場にエイドがあったと書いてあったので期待して役場に向かったが、既に撤収したのか、もともとエイド設置場所でなかったのか、何もなかった。雨と風が激しくなってきたので役場前の電話BOXに入り雨具を着込む。電話BOXがこんなに暖かい空間だとは今までぜんぜん知らなかった。
役場を過ぎてから国道○○号に合流する。コンビニがあって寄ろうか迷ったが、特に欲しいものも無いので立ち寄らなかった。役場前からずっと一人旅で寂しかったが、コンビニを過ぎたときに一人のランナーに抜かれた。ついていこうかとも思ったがすごく速いペースだったのでとてもついていけなかった。日没からずいぶんと時間が経った為か、また睡魔が現れてきた。大雨の中居眠りRUN。気が付くと集団に追いついていた。彼らはずっと歩いていたので追いついたらしい。眠くてペースが上がらないので小生もその集団の後ろについて歩いた。気が付くと宗頭文化センターだった。地図上では宗頭文化センターは道路から少し離れたところにあるので探せるかどうか心配していたが、スタッフの人が誘導してくれたので間違えることは無かった。
宗頭文化センターでは正面の建物でまず荷物を受け取り、別の建物で食事や風呂を済ますシステムになっていた。食事の後で荷物を返しに行くのが面倒だったのでその場で必要なものをかばんに入れた。食事をするために建物に入るがここでは靴を脱がないといけない。この大会で唯一靴を脱がないといけないポイントだ。雨で靴と足がぴったりとくっついていて靴が脱ぎにくい。下手に頑張ると足がつってしまうので気をつけた。畳の部屋に入ってまずは食事。テーブルにおにぎりとバナナが置いてあったのでおにぎりを頂く。ナンバーカード1番の柳さんがスタッフとして味噌汁を持ってきてくださったので驚いた。もうゴールして手伝っているのか!?大会後に柳さんの参加記録を読んでリタイヤされたことを知ったのだが、立派な方である。周りを見てみるといろいろな選手がいてびっくりしてしまう。放心状態の人、ひたすら寝ている人、着替えに専念している人、風呂上りでさっぱりしている人、さらには気分が悪いのか廊下で辛そうにしている人もいる。スタッフが「赤十字(緑十字だったかも?)の方いませんか〜」と叫んでいる。経験者の完踏記で「さながら野戦場」という表現を見かけたが、そんな感じである。小生はエイド20分ルールを守っていたが、ここではそのルールを破ってしまった。この大会中唯一甘えた地点だったと思う。それだけ誘惑が多い地点ということだ。役場過ぎにあるコンビニで食事を買い、あえて宗頭には寄らないという選手もいるようだが、その気持ちが十分に分かった。結局40分くらいのんびり(とはいっても食事やらトイレやらで時間はどんどん過ぎていったが)して雨の中を出発。次のCPへの道は金丸さんが誘導してくれた。金丸さんは体調不良でリタイヤされたはずなのに、その後もスタッフ側に回られて活躍されている。本当に頭が下がる思いだ。

【宗頭文化センター → 藤井酒店(177.9km)】

宗頭文化センターをでるとすぐ隣で商店が深夜営業していた。ランナー達でとても賑わっている。この雨の中アイスクリームを食べている人がいて驚いた。交差点で右側の道に入り、川に沿ってずっと走る。なかなか藤井酒店に着かないので不安になって途中で地形図を取り出してみる。隣に川があることを確認してコンパスを出すまでも無く安心。藤井酒店はCPとなっていたが、スタッフは誰もいなかった。前を見ても後を見ても選手も誰もいない。自動販売機の光がこうこうとしていた。

【藤井酒店 → 三見駅前(187.1km)】

鎖峠 藤井酒店から左に曲がるのだが、ここから鎖峠までの一人旅はとても寂しいものがあった。女性の単独走はおすすめできない区間だ。
藤井酒店を曲がってしばらくすると細い林道になる。すぐ脇には川が流れていて、林道なので当然街頭も無い。ガードレールもないので間違って川に落ちたら大変なことになる。坂道なので早歩きに切り替えた。危険な区間だ。だいぶん高度を稼いだところで大通りが見え、トンネル脇にひょっこりと出た。ここからは大通りなので道は分かりやすいが、鎖峠まではやはり登りが続くので苦しい区間だ。
たまに車が猛スピードで脇を通る。恐ろしい。こんな雨の中をもくもくと一人で走っているわけだから、車のドライバーの人もさぞかし驚くことだろう。ひかれないように注意していると一台の車から「がんばって〜」の応援。うれしかった。
鎖峠を過ぎると、後から集団が追いついてきた。やっぱりこの区間は一人で走る人は少ないだろうな〜。あっという間に抜かれたが、小生は休憩なしで走っていたので結局彼らとはしばらく抜き抜かれつを繰り返すのだった。三見駅の小さな小屋で簡易エイドがあり、座らずに少しだけ休憩した。寝ている人もいた。道端で座って寝たり、電話ボックスで寝たりする人も多いと聞くから、スタッフがいたので安心して仮眠していたのかもしれない。

【三見駅前 → 萩城前(195.3km)】

三見駅から線路に沿った道を走る。次第に山道になり、当然周囲は真っ暗である。先ほどの集団よりも先に出発したが、彼らのペースは速いのですぐに抜かれた。真っ暗の道は一人では危険だろうと心配してくれたのだろう。その中の一人が小生のそばについて走ってくれた。しかしこちらは意識妄想の居眠りのRUNである。そばについて走っていることを理解していない(後から思えばたぶん心配してくれていたのだろう)。気が付いたら一人ぼっちで走っていた。登り道になっていたが最高点を過ぎると海岸沿いの道までずっと下り。やっと山道から開放されるが、舗装道路になっても以前人気(ひとけ)が全くない。今大会期間中でも屈指の睡魔が訪れてこの区間の景色はほとんど覚えていない。居眠りRUNや立ち寝にもレム睡眠とノンレム睡眠があることを悟った区間だった。夢などを見ながら前に進むがなかなか玉江駅に着かない。途中で地図を出して現在位置を確認しようとするが、地図を持ったまま意識が飛ぶ。それでも意識があるうちに地図を眺めてみるが、右を見れば岩壁で何も見えない、左を見れば広大な海が真っ黒に光っているのみ、前を見ても後を見てもランナーはゼロ。どこを走っているのかまったく分からずかなり不安であった。途中で単独のランナーを発見したが、意識が無いので追いついたのか抜かれたのかすら分からない。一生懸命ついていこうとするもそのまま夢の世界へ……。辛い区間だった。
やっと県道の標識が見えて人里が近くなると、コースは左折する。民家の間の細い道を走るが、それでもまだ玉江駅に着かない。道を間違えたかなと思い痺れを切らして途中で左折した。左に行けば海があるのだが、海からコースとなっている○○橋が見えるかもしれない!少しコースアウトする形となったが、思惑どおり○○橋が見えたので、玉野駅に寄ることなく、コースに復帰することができた。痺れを切らさずまっすぐに走っていれば玉野駅に着いていたと思われる。
だいぶん立ち寝をしてしまい、予定よりもずいぶんと遅れてしまったので、後先考えず全速力で萩城前まで行った。道間違いの不安から脱出できたことで本当にホッとした。

【萩城前 → 笠山(204.4km)】

笠山 萩市内に入ると所々で案内板を見かけるようになった。萩城付近でも大会の看板を見かける。それでも海沿いに左折すべきところを間違えて直進してしまった。24時間営業のスーパーがありおかしいと思って地形図とコンパスを取り出して間違いに気が付く。戻って海の景色を楽しみたいところだが、夜中なのでどうせ何も見えない。正規のコースではないが、地図とにらめっこしながら萩焼会館まで走った。うろうろしていたので時間的なロスはあったが、距離的にはショートカットしたことになるかもしれない。
萩焼会館から笠山に向かう。この区間が結構長くて大変に感じたが、笠山から戻ってくるランナーとすれ違う区間でもあるので、情報交換しながら走れた。
明神池を過ぎると笠山への登りが始まる。距離はいよいよ200キロ。さすがに登りはきつい。らせん状の舗装道路を延々と登る。地図でみるとたいしたとぐろを巻いていないように見えるが、体感は「いつまで回るの〜」といった感じ。山頂のCPでチェックした後、すぐ近くの展望台に寄れば絶景が楽しめたと思うのだが、頭が混乱していて「近所ならいつでも来られるからまた来ればいいや」という(今考えると)全く訳の分からないことを考えていた。すっかり山口県にいることを忘れていたようだ。きっと夢でも見てたんでしょう。

【笠山 → 虎ヶ先食堂(207.1km)】

笠山から虎ヶ先食堂への下りがまた眠くて仕方が無く、夢を見ながら歩く。夢の中では虎ヶ先食堂に着いてチェックを済ませていて、一方気が付くと自分は訳の分からない海の見える地点に立っている。周りのランナーに「ここはどこだ」などと聞いてみるが聞かれた方も質問の意味が分からないご様子。そんなこんなで夢と現実とのギャップを埋めるのに相当時間がかかった。
虎ヶ先食堂に到着。記帳は大きな模造紙にされていて、スタッフの方がナンバーと時間を書いてくださった。順位が80番くらいで予想以上に早くて驚く。カレーライスをごちそうになって、気合を入れて出発。200キロを越えたが幸い関節などは悲鳴をあげていない。

【虎ヶ先食堂 → 東光寺前(215.3km)】

東光寺へ 虎ヶ先食堂を出てから森のようなコースを突き抜ける。舗装道路に出てからは歩き寝していたのでほとんど意識が無い。気が付いたら周りに誰もいなくてコースを外れたかと思う。地図を見ても意識が無かったので現在位置がさっぱり分からない。萩焼会館の前を曲がるはずなのだが、萩焼会館を過ぎたか過ぎていないのか分からずどちらの方向に行けば良いのかも分からず立ち往生。住民の方に東光寺の場所を聞こうと思い、人を探してウロウロする。やっと地元の人を見つけて東光寺の道を尋ねた。「えっ東光寺?遠いからタクシーで行きなよ〜」とのお返事。「いや、大会だからタクシーを使うわけにはいかないんですよぉ」と思いながらも、とりあえず道を教えていただき一安心した。どうやら正規のコースを走っていたらしい。意識がなかったのにすごいものだ。
大通りに出る手前に大会の看板があり完全に意識を取り戻す。道路と橋を渡り、遊歩道経由で最後のチェックポイント東光寺前に着いた。すべてのチェックが入ったチェックシートを見て思わず顔がほころぶ。

【東光寺前 → 萩有料道路休憩所(222.8km)】

ばっちり下見をしたおいたので「萩往還に入ればこちらのもの」という信念を持ってここまで来たため、萩中心地に入ってからは張り詰めていた気持ちが少し切れてしまった。スタート前に萩往還の終点を見てきたので、始点も見たくなり、コースから外れて立て札に寄った。
萩バスセンターの前を通り、ここから下見を始めたことを思い出す。往還に入ると違う部門の選手達続々とすれ違うことになり、声をかけてもらえる。感動!!!萩有料道路休憩所で少し休憩した後、すぐに出発した。少し右のアキレス腱が悲鳴をあげていたのであまり休むと良くないと判断した。

【萩有料道路休憩所 → 明木市(226.4km)】

萩往還 らむ・かなさんからこの大会は萩往還に入ってからが魅力なんだと以前から教えてもらっていたが、聞きしに勝る声援だった。140キロの部の人はコースが往還の往復なので後ろからも来るが、他の部の選手達は山口方面から歩いてくるので全員とすれ違うかたちとなる。多くの声援を頂いたが「おかえり〜」という言葉が一番嬉しかった(^^)他の部の人も終盤で疲れているだろうに、本当にありがたかった。怪獣の仮装でマラソン大会に出るとこれまたたくさんの人から応援してもらえるが、その時のうれしさとはまた異質のもので、この萩往還での声援のありがたみとうれしさは言葉ではとてもとても表現できない。250キロの部に参加して、頑張ってここまで自分の足で辿り着いた者のみが味わうことのできるご褒美なのかもしれない。
こちらも他の部の選手や同じ250キロの選手に声をかけながらトコトコと走り(みんなの声援に押されて歩いていられない)、あっという間に明木市にエイド着いてしまった。
明木市エイドでは大きな伝言板があり、みなさんの思い思いのことが書かれたいた。らむ・かなさんにメッセージを書いて残そうかと思ったが、早くゴールして迎えに行きたい思いが強く、何も書かず早々にエイドを発った。

【明木市 → 佐々並市(235.6km)】

佐々並市 明木市のエイドを出て宿場町を過ぎるといよいよ地獄の一升谷へ林道へと入っていく。ここでUMMLのドラゴン@横浜さんと出会う。萩市内では小生の後ろを追って唐札の近くまで来てしまったらしい、失礼しました。話を聞くと先日行われたばかりの宮古島ストロングマン(←トライアスロンの大会)をゴールされており、その名のとおり「ストロング」な方だった。今回の萩往還ではエントリーが遅れてしまい、締め切りを過ぎてしまっていたがそれでもエントリーしてもらえたという。さすがは萩往還大会の人情味あふれるスタッフといったところか。
一升谷の長い長い登りになると睡魔のためドラゴンさんや他の人たちについていけなくなり先に行ってもらう。道脇の花をめでながらふらりふらりと距離を稼いでいく。途切れ途切れの意識だったが、歩け歩けの部に参加のまゆママさんに会えて一気に眠気が吹っ飛んだ。まゆママさんもお疲れの様子だったので、瑠璃光寺で再び会うことを誓い、お別れした。
石畳で他の部の選手の写真を撮ってあげて、無事に峠に到着。ここ数日の雨で道が非常に悪かったことだけ覚えているが、峠から佐々並市まではほとんど記憶が無い。たぶん寝ていたのだろう。
佐々並市のエイドでは名物の佐々並豆腐をいただける。佐々並豆腐についてはテレビで一度特集されているのを見たことがある。旭村の特産品の一つであり、ホームページでもその歴史が紹介されている。遅いランナーは豆腐が売り切れになるといううわさがあったので、豆腐が食べられるか心配していたが、無事に頂くことができた。ふわふわの冷たい豆腐にしょうゆをかけていただく。箸で端の方をつまんで口に入れてみる。密度が大きいためずっしりと重く舌の上に乗る。甘味があり、口の中で醤油とからんで最高においしい。何個でも食べたいと誰もが思う豆腐で実際にねだっているランナーもいたが、高価な豆腐だしそんなに数もないので一人一個(一丁)で我慢我慢。実際に豆腐を作っている方がエイドのスタッフをやってくださっていて「愛情こめて作っているからね〜」とお話してくれた。

【佐々並市 → 板堂峠(243.9km)】

佐々並市から板堂峠が今大会中で眠気のピークだった。夢なのか現(うつつ)なのか、幻聴なのか夢の中の会話なのか現実の会話なのか、自分が登っているのか降りているのか、自分がなぜ走っているのか、何の大会なのか……。激しく混乱する。「肉体が精神を越えて」かつ「精神が肉体を越えて」いるような不思議な感じだ。気が付いたら草もちのエイドがあったが、訳がわからず素通り。無意識のまま、半そでで走って(歩いて)いたのだが雨のため体が冷えきっている。上着を着ないと動けなくなる、と思ったが上着はどこに置いたかさっぱり覚えていない。どこかに忘れてしまったようだ。眠気覚ましに近くの選手に話しかけてみると「上着はリュックにも入っていないの?」との返事。「あ、そっか〜、自分はリュックしょってたんだ〜」と思い出し、無事に雨具を着込む。そんなこんなで恥ずかしい出来事しか覚えていない(^^;)
これまた気が付くと板堂峠(萩往還区間の最高点)でここからしばらく下りなのだが、ここからも立ち寝を繰り返していたらしい。近くにいたランナーが気を利かせて声をかけてくださった。これで多少復活。九州の尾形さんという、とても気さくな方で、ゴールまでご一緒させていただいた。

【板堂峠 → 瑠璃光寺(ゴール)】

ゴール(写真提供ドンガメオーさん、感謝です!) 板堂峠からの下りは石畳が続く。結構急な個所もあり、雨で滑りやすいので慎重に駆け下りる。のんびりするとまた意識が飛んでしまうので、下りが得意だという尾形さんに必死に着いていく。鬱陶しがらずに同行してくださった尾形さんに大感謝。転ばないように集中するが、それでも所どころ意識がふっとんでいたのから、この疲労というものは恐ろしい。石畳の終点でらむ・かなさんのサイトで写真掲載されている、うめ吉さんがカメラを向けてくださった(写真集はこちら参照)。この雨の中大変だったでしょう。写真ありがとうございます。
石畳終点で尾形さんを通じてBの部に参加されていた女性と友達になる。山口県在住の原さんだ。高橋尚子選手の話で盛り上がったが、ずいぶんと詳しい。東京国際や大阪国際女子マラソンで2位や3位にもなったことのあるすごい人だと知り納得。いろいろな人が参加しているのだな〜。
ダムからは尾形さんと原さんと3人でおしゃべりしながら並んでビクトリーロードを走る。ここまで来たらうれしさで眠気など全く消えた。ドキドキしながらゴールの瑠璃光寺に向かう。どんなポーズでテープを切ろうかなどと余計なことを考えてしまうが、完踏は確実なのでとにかくうれしくてうれしくてたまらない。
ゴール前での原さんのラストスパートにはとても着いていけなかったが、尾形さんと仲良くゴール。最高の気分だった。初100キロの時は訳の分からない涙が出てきたものだったが、今回はまったくそういう現象は無し。自分が完踏できたことが夢みたいで実感がぜんぜん湧いてこなかったからかもしれない。

【ゴール後】

同じく完踏されたUMMLのドラゴンさんとがっちり握手。序盤でお世話になったヤマさんは残念ながらリタイヤとのことで残念だったが、いずれ再開を約束する。らむ・かなを待つがなかなか来ない。自分は案外ケロっとしていて周辺をウロウロする。ゴール前はすごい声援をもらえるのだが、びっこを引きながらゴールしか見ていない人や声援に応えるための手があがらないといった感じの人も結構いて、ものすごい執着心しか見せない選手がいたのは驚いた。今回故障が無かったのは本当にありがたいことだったと感じた。
瑠璃光寺の入り口に行ってところ、らむ・かなさん、金丸さん、まゆままさんが居た。らむ・かなさんは足裏のマメが原因でリタイヤされたとのこと。本当に残念だった。竹田さんのゴールを祝福し、皆さんとは再開を約束し別れた。
宿は新山口駅のホテルを予約してあったので、完踏の喜びに浸りながら電車に乗った。

【完踏賞】

思い出の品々。完踏賞、チェックカード、通過時間を書き込んだメモ……。大会事務局に大会完踏記を送ったので、来年文集が届くであろう。そちらも楽しみだ。
完踏賞 チェックカード

【ダメージに関する考察】

膝に対するダメージや各部の筋肉痛などの体のダメージは過去の経験からある程度予測していたが、超ウルトラともなるとやはり予想外あるいは予想以上のダメージがあった。
予想内のダメージは両膝外側の炎症。予想以上のダメージはアキレス腱の痛みと、大会後に膝から下がパンパンに腫れあがったことだった。
予想外のダメージは足のマメである。小生は今までランニング中にマメができたことがなかったのだが、今回初めてマメができた。これは今回の大会中3日とも激しい雨が降ったことによる。大会直後の足裏のふやけもすごいものがあった。つづく。
足裏のふやけと足の腫れの写真は汚い映像なので別ページに載せておいた。(恐いもの見たさで!?)本当に興味があれば見てみてください(写真)
足がパンパンになっているのは足が腫れていることとむくんでいることの両方の影響による。足の腫れの理由は酷使したことによる毛細血管の破裂などだと思うが、足のむくみについてはいくつか理由がありそうである。一番分かりやすいのは「人間は汗を大量にかくと水分を体内にためこむという生理現象がある」という説ではないだろうか?これは雑誌『山と渓谷』2004年1月号に書いてあった記事である。腫れは大会後3日ほどで無くなったが、むくみは1週間くらい続いた。血行不良をふせぐためにはレース中、こまめに足をマッサージすれば効果があるかもしれない。なお大会後3日間は触るだけで痛かったのでマッサージどころではなかった。

【体重変化に関する考察】

体重変化のグラフ 小生は体脂肪計付きの体重計を利用して毎日体調をチェックしている。萩往還の大会前後の体重変化のグラフを示す。
グラフを見ていただくと分かるが、大会前と大会後ではほとんど体重が変わっていない。250キロも走ったらさぞかし体重が減るだろうと考える人は多いと思うが、むしろ少し増えていることが分かる。体重の変化に関して考察する。
まず、体重 M [kg]の人が250キロを走るとどれくらいの熱量(カロリー)を消費するかを調べる。トピック「ランナー流BMIチェック」で触れたように、消費熱量 [kcal] は体重 [kg] と距離 [km] の掛け算で算出できる。すなわち、
(消費熱量) = M x 250 = 250M [kcal]
となる。ヒトの体重は 1 [kg] あたり 7200 [kcal] (脂肪は1 [kg] あたり 7000 [kcal] )であると言われているので、先ほどの熱量を、減少する体重に換算すると
(減少体重) = 250M ÷ 7200 = 0.0347M [kg]
となり、250キロを完踏しても出走前の体重のたったの 3.47 [%]、つまり平均体重が49 [kg] の小生は1.7 [kg]しか体重が減らないことが分かる。
先に述べた説が正しければ、運動後は体内に水分が溜め込んであることになるし、基礎代謝による消費熱量と、食べ物や飲み物から摂取する熱量も考慮すれば、体重が大会前に比べてたいして変わっていなくてもあまり不思議でない。特に今回は大会後の夜と翌日の朝と昼においしいものをドカ喰いしているので、大会後の摂取熱量が多かったことも体重が増えた原因と考えられる。

【体脂肪率に関する考察】

体脂肪率変化のグラフ 萩往還の大会前後の体脂肪率変化のグラフを示す。
グラフを見ていただくと分かるが、大会後3日間くらい体脂肪率が一気に下がっていることが分かる。そして7日後には大会前の数値にほぼ戻っていることが分かる。
体脂肪が燃焼されたので体脂肪率が下がった部分もあると思うが、1週間後に数値が戻っていることを考慮すると大会後に一気に数値が下がったことには何か理由がありそうだ。考察する。
まずは理論的な面から。運動によって消費された脂肪がさきほどの計算により1.7 [kg] だったとする。大会前の体重が 49 [kg]、体脂肪率が 10 [%] とすると大会前の脂肪量は 4.9 [kg] となるので、大会後の体重は 49-1.7= 47.3 [kg] 、脂肪量は 4.9-1.7 = 3.2 [kg] となる。よって大会後の体脂肪率は 3.2/47.3x100= 6.77 [%] となる。グラフとぴったり一致する。
では実際はどうか?まず大会後の体重が全く変わっていない。たった1週間で体脂肪率が元に戻っている。多くの矛盾点が見えてくる。この矛盾は先ほどの水分溜め込み生理現象と体脂肪率の算出方法で説明できそうだ。
小生が今回体脂肪率の測定に使用した機器は、両足から微弱電流を流し体内抵抗(インピーダンス)を測定することによって体脂肪率を算出している。つまりこの機器を利用した体脂肪率測定の結果は体内水分量に大きく依存するのだ。体脂肪率が大会前の数値に戻ったのは足のむくみが取れた時期と一致している。一般家庭のレベルでは体脂肪率の正確な変化を調べるのは難しそうだ。

【コース研究】

250キロのコースを走ってみて、事前に地図上でコースをたどっていれば、実際のレース中に迷う個所は意外と少ないのではないかと感じた。分岐には白線や案内板が立っていたし。それでもやはり地図で予習しておいても分かりにくい個所はある。たとえば仙崎公園から三隅町役場前に出るまでの細い道。三見駅から玉江駅までの道など。夜になると一気に周囲の視界が狭くなるので、初参加の場合、机上RUNの際にはどこのあたりで夜RUNになるのかをしっかりと把握しておくと良いと思った。
そしてレースが終わってから気になっているのが、俵島は往復コースと周回コースとどちらが楽なのかということ(^^;)たいした差はないと思うが、情報が入り乱れているので国土地理院の数値地図を使って一度調べてみたいと思う。調べようと思ったらすぐに調べられるが、このネタは来年以降のお楽しみにとっておく。

【睡魔について】

人間の睡眠と運動の関係はまだわかっていないことが多いらしい。この件は今後の宿題。講談社ブルーバックス『睡眠の科学』でも今度読んでみよう。

【完踏に必要なこと】

ウルトラマラソンや超ウルトラの世界は“常識”というものが存在しない世界なので、完踏に必要なことなど各選手の考えによるものであって、外野がとやかく言うことではないと思う。逆に言うと自分の考えがまとまっている者にのみ“完踏”というご褒美が与えられるのかもしれない。
大会直後にUMMLに投稿(#06654)した文章を貼っておく。もっと分かりやすく書ければ良かったのだが、文才がないため何を言っているのかちょっと分かりにくいかも。ご勘弁。


超ウルトラは初めてでしたが、非常に精神面が重要となる競技だと改めて認識できました。
今回の萩挑戦にあたり、クニさんのHPやWEBで完踏記録&リタイヤ記録をたくさん読みましたが、「自分から諦めない気持ちだけは捨てないつもりだったのに……」という表現のリタイヤ記をいくつか見かけました。
練習をたくさん積んできてスタートラインに立っているそんな人たちでも本番では飲み込んでしまう萩往還の恐ろしさは半端でないなぁとスタート前からずっと思っていました。
kitarou@長崎さんが大会前に「萩往還完踏の裏技」というタイトルで投稿された後、では「萩往還完踏の表技」は何なんだろう?とずっと疑問に持っていました。
萩完踏に必要なものは練習量?いやこの大会に出る人は皆それなりの練習をしているはず。もっと大事な要素があるはず……。
今回の挑戦でそのヒントが見えた気がします。
「絶対に諦めない執念」とは別に、「自分がゴールするイメージ作り」が完踏のポイントかなと小生の中でまとまりました。
たとえば150キロ地点でどこか故障したとします。
この時「絶対に諦めない執念」があると、「残り100キロを意地でも完踏してやる!」となるわけですが、さらに「自分がゴールするイメージ」ができているとその先の展開まで頭が働くようになります。
「200キロ地点で完全に動かなくなるとしたらその先50キロは全部歩きになる。明るいうちに五重塔を背景にしてゴールしたかったけど、夕焼けの五重塔を背景にゴールするのもいいかな」と考えるようになるでしょう。
自分がゴールしている映像がパッと切り替わります。
「残り100キロを全力で……」としか考えることができなかったらそれ以降は辛い辛い100キロになるでしょうね。長丁場の大会でまだ残り“100キロも”あるのですから。そんな状態でも、もちろん根性で完踏を獲得することは可能でしょうけど、それとは別にちょっとしたゴールするイメージがあると精神的な余裕ができると思いませんか?
トラブルに遭遇しても「自分がゴールしているイメージ」も同時に変わってくれるんですから!!!
「絶対に諦めない執念」しか持っていないと、足を引きずって歯を食いしばって歩いている映像しか頭に浮かばないのではないかと思います。
「絶対に諦めない執念」と「自分がゴールするイメージ作り」が完踏のポイントだと思う小生の考え方はいかがなものでしょう?コメントいただけたら幸いです。
今回の挑戦は考えるところが多く、市民ランナーとしてとても勉強になりました。



【時間記録】

距離 地名 ペース 通過 備考 関門
0.0km 瑠璃光寺 6.5分/km 18:25 スタート ---
2.3km 山口駅前 6.6分/km 18:40 --- ---
13.4km 上郷駅前 7.3分/km 19:53 エイド ---
19.8km 二本木峠 7.4分/km 20:40 --- ---
27.6km 下郷駐輪場 6.4分/km 21:38 エイド ---
32.6km 秋吉交差点 8.0分/km 22:10 --- ---
37.6km 門村交差点 7.9分/km 22:50 --- ---
43.9km 西寺交差点 6.8分/km 23:40 エイド ---
51.6km 石柱渓T字路 10.9分/km 00:32 --- ---
57.4km 山本ボート切石亭 8.7分/km 01:35
01:48
うどん、記帳 ---
66.0km 俵山温泉 12.1分/km 03:03
03:08
エイド ---
69.8km 砂利ヶ峠 12.2分/km 03:54 --- ---
75.8km 大坊ダム 9.1分/km 05:07
05:09
--- ---
79.2km 新大坊交差点 9.1分/km --- ---
86.2km 小田海湧食堂 7.9分/km 06:44
07:00
おかゆ、記帳、荷物 ---
91.5km 農協スーパー 9.7分/km 07:42 --- ---
97.3km 俵島案内板 9.8分/km 08:38
08:41
CP1 ---
103.1km 農協スーパー 10.5分/km 09:38
09:47
--- ---
107.2km 川尻岬沖田食堂 11.4分/km 10:30
10:34
CP2、記帳、カレー 13:00
112.8km シーブリーズ 10.7分/km 11:38
11:43
エイド ---
117.2km 立石観音前 13.2分/km 12:30 CP3 ---
124.6km 千畳敷 10.5分/km 14:08 CP4 17:00
128.6km 西坂本集会所 7.8分/km 14:50
15:10
エイド、記帳 ---
133.5km 黄波戸漁港前 9.9分/km 15:48 --- ---
142.3km 仙崎公園 10.3分/km 17:15 記帳、エイド 20:30
148.6km 静ヶ浦キャンプ場 9.5分/km 18:20 エイド ---
152.8km 鯨墓 9.5分/km 19:00 CP5 ---
157.0km 静ヶ浦キャンプ場 9.8分/km 19:40 エイド ---
163.3km 仙崎公園 10.2分/km 20:42
20:47
記帳、エイド ---
169.7km 三隅町役場前 9.2分/km 21:52 --- ---
174.9km 宗頭文化センター 11.6分/km 22:40
23:25
荷物、記帳、エイド 4:00
177.9km 藤井酒店 10.3分/km 00:00 CP6 ---
184.4km 三見分岐 12.2分/km 01:07 --- ---
187.1km 三見駅前 14.0分/km 01:40 CP7、エイド ---
193.9km 玉江駅前 33.6分/km 03:15 --- ---
195.3km 萩城前 8.5分/km 04:02 --- ---
198.7km 萩焼会館前 8.5分/km --- ---
203.0km 明神池 8.5分/km --- ---
204.4km 笠山 8.5分/km 05:20 CP8 ---
207.1km 虎ヶ先食堂 13.4分/km 05:50
06:10
CP9、記帳、カレー ---
209.1km 明神池 13.4分/km --- ---
213.4km 萩焼会館前 13.4分/km --- ---
215.3km 東光寺前 20.0分/km 08:00 CP10 ---
218.7km 橋本橋 20.0分/km --- ---
222.8km 萩有料道路休憩所 10.5分/km 10:30 エイド ---
226.4km 明木市 10.5分/km エイド ---
235.6km 佐々並市 11.2分/km 12:45 エイド ---
243.9km 板堂峠 11.2分/km 往還最高地点 ---
250.0km 瑠璃光寺 --- 15:26 ゴール 18:00

【総評】


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